2022/04/30 23:48

江戸時代は、徹底的にリユース・リサイクルが行われる、完全な循環型社会だったといいます。

それを支えたのは、桶と樽だったそうです。

現代の大量生産・大量消費社会を支えているのはプラスチックではないかと思います。
マイクロプラスチックの問題が言われるようになってからプラスチックフリーの動きが出てはきましたが…
身の回りにあるものの多くがプラスチックです。

台所には、調味料や食材の容器、ボウルや保存容器。
お風呂場には、洗面器や浴槽、シャンプーの容器。
灯油缶やゴミ箱も。

液体のものを入れるには軽くて割れないプラスチックは便利です。
江戸時代、プラスチックの役割を果たしていたのが桶と樽。
生活用品だけでなく、農業、漁業、鉱工業にも桶と樽が活躍していたそうです。
人の一生も、産湯桶から棺桶まで、桶で始まり桶で終わっていました。

酒、醤油、味噌を仕込むのも、もちろん木桶。
樹齢100年の木でつくった木桶は100〜150年もつと言われています。
タガが緩んできたら締め直すこともできますが、それでも漏れてくるような時は酒→醤油→味噌の順にリユースされていたそうです。

発酵農園では、製造許可をもらって味噌をつくり始める時に、まず木桶を買いました。
今では接着剤を使わず木桶をつくる人は数少なくなっているので、注文してからだいぶ待って…
憧れの木桶仕込みで味噌がつくれるようになりました。

そこで満足しないのが、自給を座右の銘とする発酵農園主ジャー村。
木桶をつくりたいと言っていたら、五島列島の若き桶職人、桶光さんにご縁をいただきました。

持続可能な社会を目指す医者のお父さんのもと、
長男は医者、次男は鍛冶職人(桶づくりのため)、三男は桶職人、四男は獣医(牛耕馬耕のため)という志高いご家族。
もともとはジャー村が馬耕をしたいと言っていたことから、友人が紹介してくれました。

2021年秋に、桶光さんに来てもらって発酵農園2泊3日の木桶づくり合宿。
難しいだろうと予想はしていましたが、行程の全て、難しく緻密で根気の要る作業でした。
同時に、全てに技術的な工夫や道具の工夫があり、ものづくり大国日本の原型を見た思いです。

写真左が私(牧子)作、右がジャー村作。
といっても、私は全くカンナがけができず、ほとんど桶光さんがつくってくれました。
行程が難しい以前の問題ですね。道具が扱えない…

ジャー村は自分で考えながらやっているから上達しますよ、と桶光さんから誉められていました。
竹タガを編むのはジャー村は苦手で私は上手だったので、分業、分業。

桶と樽が再び脚光を浴びる時代は、すぐそこまで来ています◎