2021/10/04 20:58
今年、家の前に棚田ができました。
旭一号、穂増、緑米が順調に育っています。
3年前の秋、家の前の薮になっていたクヌギ林が伐採されました。
菊池は椎茸の産地でもあり、クヌギは椎茸のホダ木となるのです。薮がスッキリして見えてきたのは棚田の地形。
集落の人に聞いたら、たしかにそこは30年か40年前までは田んぼだったとのこと。
今まで借りていた田んぼは車で20分。
水管理のため毎日通うのはけっこう負担で、家の近くで田んぼができたら、と常々願っていました。
早速地主さんを紹介してもらい、その土地を譲ってもらうことができました。
椎茸菌を駒打ちしたホダ木は1年間そのまま置いておかなければいけませんので、
ホダ木がなくなって棚田復活作業を始めることができたのは昨年末から。
まずはクヌギの抜根。
2年連続うちの田んぼの畦が崩れた時にお世話になったユンボの達人、矢野さんに北九州から来てもらいました。
真冬、雪が降るなか連日ユンボ作業をしてくれた矢野さんには大感謝です。
あとは人力。
残った根っこや大小の石拾い(拾い、と書くと簡単そうですが、数百キロの石を地中から掘り起こすこともしばしば。
私、完全に埋まっている石もテコの原理で100kgくらいなら掘り起こせるようになりました)。
畦の修復(2反ちょっとの広さで小さい田んぼが7枚。畦と法面の方が広いのではないか…くらいの昔ながらの棚田です)。
給水と排水の水口設置(これまた簡単そうですが、30kgの代物を10個、一輪車で運んでは水平を出しながら畦を掘って…
なかなか根気の要る作業でした)。
水路の設置(塩ビパイプって、あんなに重いなんて!法面の傾斜に合わせて角度を調整し、掘って掘ってまた掘って、
土木作業の日々でした)。
田植えというタイムリミットまで全力で駆け抜けました。まだまだ石や木片もありますが、やれるだけはやった。
後から思えばクラウドファンディングここ一番の時だったかもしれない。
けっこうお金もかかったし、小石拾いなら誰でもできるし、棚田復活にいろんな人に関わってもらえたかもしれない。
しかしそんなことも思いつかないほど必死だったのです。
暦の七十二候、半夏生までに田植えを終わらせる、というのが日本の古くからの習わしです。
今年の半夏生は7月2日。田植えが終わったのが7月1日。
菊池の心強い友人たちが、完成した田んぼを見がてら田植えの手伝いに来てくれて、本当に助かりました。
飼い猫のみーちゃんも初めて見る田んぼを不思議そうに眺めながら、
例年は朝出て行ったきり真っ暗にならないと帰ってこない私たちがいるのが嬉しいようで毎日応援。
田植え初日、夜9時過ぎまでヘッドライトで作業をしていた私たちの手伝いをしようとしたのか、
田んぼに飛び込んでしまったみーちゃん。
泥んこになってしまって、生まれて初めてお風呂に入りました。
私たち夫婦も、無事に田植えが終わって脱力。
そして、念願叶って家の目の前に田んぼができたという実感がじわじわと沸いてきました。
相変わらず信じられないパワーで棚田復活作業をこなしたジャー村は、朝起きて窓を開けたら田んぼが見える、
というのが嬉しくて仕方ない様子です。
発酵農園といえば一本植えでご存知の方も多いと思いますが、今年はだいたい二本植え。
標高600mで、すぐ近くに源がある冷たい湧き水を引いていること、田植えの時期が遅かったことから、
28.5cm間隔で二本ずつ苗を植えていきました。
田んぼの状態やウンカ対策、いろいろな条件から、田植えの時期や間隔、植える本数を実験したきたジャー村、
今年は見極めに自信ありみたいです。
今まで借りていた絶景の「天空の田んぼ」は、菊池の自然栽培農家の友人が引き継いでくれました。
私たちは今年は家の前の田んぼだけ。
今までの5分の1ほどの面積になり収量は減りますが(なので、販売はできたとしても少量になります。ご了承くださいませ)、
手をかけて美しくなっていく棚田に癒され、時間的な余裕ができて夫婦ゲンカも減り(笑)、
ほのぼの幸せだなぁと感じる時が増えました。
そこが棚田だったと気がつかせてくれた椎茸農家のご夫婦、クヌギ林を譲ってくれた地主さん、ご縁に感謝。
ユンボの矢野さん、アドバイスいただいた集落の方々、田植えを手伝ってくれた友人たち、いつもありがとうございます。
「きみがバラに費やした時間の分だけ、バラがきみにとってかけがえのないものになるんだ」
星の王子様のバラのように、手間をかけ時間をかけた分だけ愛しくなっていく田んぼのご報告でした。
ジャー村のFacebookの記事もご覧ください。
before(2年半前の入籍の報告の写真です)
after(竹の花壇が石になっていますが、だいたい同じ場所です)